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朝、目が覚めてまず何をするか。
顔を洗う前に、コーヒーを淹れる前に、私は決まって窓を開けます。
カーテンを引くと、まだ低い光が部屋の奥まで届いて、昨夜のままの空気がふっと動き出す。
外の音——鳥の声や、遠くの車の音、風が木の葉をこすっていく音——が一気に入ってきて、部屋が「昨日」から「今日」に切り替わる瞬間があります。
この数十秒のために、私は毎朝、早起きをしているのかもしれません。
換気は、いちばん身近な「禊」だった
神職として社殿に立っていた頃、一日は必ず「祓い」から始まりました。参拝者のためではなく、まず自分自身のために。
大祓詞を奏上する前、社務所の窓という窓を開け放ち、社殿に風を通す。それは形式的な作業ではなく、昨日の澱んだ気配を外へ送り出し、新しい空気を迎え入れるための、ごく実際的な行為でした。
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伊邪那岐命が黄泉の国から戻った後、川で身を清めた話に触れています。
あの神話が伝えているのは、大きな出来事の後だけに必要な特別な儀式のことではないと、今は感じています。
むしろ、日々の暮らしの中で、私たちは知らないうちに何かを溜め込んでいる。 昨日の疲れ、誰かに言われた言葉、うまくいかなかったことへの小さな苛立ち。 それらは目に見えないまま、部屋の空気のように、少しずつ重なっていきます。
窓を開けるという行為は、その重なりに、いちばん手軽に触れられる方法なのだと思います。
私の朝のルーティン
寝室の窓を開ける。 次に、リビングの窓を対角線上のもう一枚開けて、風の通り道をつくる。 数分間、そのままにしておく。
このとき、掃除機をかけたり、片づけをしたりはしません。 ただ、風が部屋を通り抜けるのを、突っ立って眺めているだけです。
カーテンが揺れる。 昨夜炊いたご飯の匂いが薄れていく。 窓の外の光が、少しずつ部屋の奥まで届くようになる。
冬は、頬に触れる空気の冷たさで目が覚めます。夏は、湿った風が肌にまとわりつき、その重さごと部屋の外へ流れていくのが分かります。季節によって手触りは違っても、部屋の「重さ」が変わることは、いつも同じです。
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穢れとは罪ではなく、気が枯れること——「気枯れ」だという考え方に触れています。
朝の部屋の空気も、一晩のうちに少し枯れている。それを風で満たし直す。そう考えると、換気という行為が、急に丁寧なものに思えてきます。
窓のない部屋や、集合住宅で大きく開け放てない住まいもあると思います。そのときは、玄関のドアを数分だけ開けておく、換気扇を回すだけでも十分です。大切なのは、道具や方法ではなく、空気を動かそうとする、その数分間そのものだからです。
部屋の空気が変わると、心の滞りも流れていく
不思議なのは、部屋の空気が入れ替わったあと、自分の心も少し軽くなっていることです。
先に空気が変わり、そのあとに心がついてくる。
心を先に整えようとしても、なかなかうまくいかないのに、体の周りの空気を変えることは、今すぐにでもできます。
朝、窓を開けたあとのコーヒーは、開ける前に淹れるコーヒーとは、少し味が違う気がする。科学的な根拠があるわけではありません。ただ、そう感じる自分がいる。それだけで十分な気もしています。
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神道が大切にしてきた「今ここ」を生きる感覚、そして日常のケの中に小さなハレをつくる知恵について書いています。
窓を開けて風を通す数分間は、いちばん自然に「今」へ戻れる時間です。 昨日の続きでもなく、今日の予定に追われるのでもない。 風が通り過ぎるのを感じている間だけ、思考が止まります。
日常のなかで気持ちを切り替える瞬間について、「まつりとは?『ハレとケ』が教える、心を取り戻す日本人の知恵」という記事でも書きました。 毎日のケの中に、小さなハレをつくる。 朝の換気は、私にとっての、いちばん短いお祭りなのかもしれません。
神棚がなくても、特別な作法がなくても
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祈りの形は、必ずしも決まった道具や作法を必要としないと書いています。
窓を開けることも、同じだと思います。
大祓詞を唱える必要も、決まった時間に決まった方角へ向かう必要もありません。 朝いちばんに窓を開けて、数分だけ風の通り道をつくる。 それだけで、昨日と今日のあいだに、小さな区切りが生まれます。
その区切りがあるかないかで、一日の始まり方は、ずいぶん違うものになります。
おわりに
修行でも、儀式でもなく、ただ窓を開けるだけ。
それでも、そこに祓いと同じ働きがあるのだとしたら——私たちは毎朝、気づかないうちに、小さな禊を済ませているのかもしれません。
今日の朝は、もう窓を開けましたか。 まだであれば、今からでも、少しだけ開けてみてください。
部屋に流れ込む風の中に、何か変わるものがあるかどうか、確かめてみてほしいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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