自分の居場所がわからないとき|国譲り神話が教える「執着を手放す」という選択【元神職が解説】

居場所がないと感じた時 国譲り神話

「ここに、自分の居場所はあるのだろうか。」

職場でも、家庭でも、ふとそう感じる瞬間があります。
がんばってきたはずなのに、自分だけが輪の外に立っているような感覚です。

日本神話には、この感覚と向き合った神様がいます。
国を治めていた大国主命(オオクニヌシノミコト)です。

「国譲り」と聞くと、国を奪われた話だと思われがちです。
けれど、最後まで追うと、少し違う景色が見えてきます。
とくに、国譲りで最初に地上へ送られた使者が、その後どうなったのか。
ここに、検索結果の一行説明では伝わりにくい読みどころがあります。

この記事では、あらすじに加えて、その使者のその後と、私自身が「居場所を離れた」経験を重ねてお伝えします。

夕暮れの神社の回廊に立つ人の後ろ姿

国譲り神話とは?|居場所をめぐる物語のあらすじ

国譲り(くにゆずり)は、『古事記』『日本書紀』に語られる、出雲を舞台にした神話です。
国譲りだけを詳しく知りたい方は、国譲り神話の解説記事もあわせてご覧ください。

大国主命は、数々の試練を越えて、葦原中国(あしはらのなかつくに)を治める神になりました。
大国主命の記事で、その歩みを紹介しています。

高天原の天照大御神は、この国を「我が子が治めるべき国」とお考えになります。
そこで、使者が何度も送られました。

『古事記』によると、その経過は次のとおりです。

順番使者結果
1天菩比神(アメノホヒ)大国主命に従い、三年たっても報告しなかった
2天若日子(アメノワカヒコ)地上の姫と結ばれ、八年たっても戻らなかった
3建御雷神(タケミカヅチ)出雲の稲佐の浜に降り、談判をまとめた

建御雷神は、浜に降りると、剣を逆さに立ててその上に座り、大国主命に問いかけました。

「この国を、天つ神の御子に譲るか。」

この問いは、大国主命が築いてきたものを、誰かに渡すかどうかを問うものでした。

夜明けの浜辺に逆さに立てられた古代の剣

表の1番目の使者は、このあと、出雲の祈りを支える立場になります。
その行方は、[「最初の使者・天穂日命は、その後どうなったのか」](#saisho-no-shisha)の章でお伝えします。

大国主命は、何を手放し、何を残したのか

大国主命は、自分ではすぐに答えず、二柱の子神に委ねます。

一人目は、事代主神(コトシロヌシ)です。
美保の岬で釣りをしていたところを呼び戻され、「恐れ多いことです。この国は天つ神の御子に差し上げましょう」と答え、そのまま姿を隠しました。

二人目は、建御名方神(タケミナカタ)です。
こちらは納得せず、建御雷神に力比べを挑みますが、敗れて信濃の諏訪まで逃げ、「この地から外へは出ません」と誓います。
諏訪の祭神につながる場面は、諏訪大社の記事で触れています。

そして大国主命は、こう答えます。

国は差し上げます。
そのかわり、私の住まいを、天つ神の御子の宮殿のように、岩盤に太い柱を立て、高く千木を掲げて造ってください。
そうしてくだされば、私は隠れ住みましょう。

(『古事記』の内容を、現代の言葉に要約)

黄金色の夕日の中、広がる国土を見渡す古代装束の後ろ姿

ここで、手放したものと残したものを整理します。

手放したもの残したもの求めたもの
国を治める立場神としての存在自分の住まい(宮)
目に見える形での采配子神たちとのつながり隠れ住む場所

最初の使者・天穂日命は、その後どうなったのか

ここで、冒頭の問いに戻ります。

先ほどの表で、最初の使者として送られた天菩比神は、大国主命に従って報告をしなくなりました。
『日本書紀』では、この神は**天穂日命(アメノホヒ)**と呼ばれます。

使者としては、失敗です。
けれど、神話はこの神を、そこで終わらせてはいません。

『日本書紀』の一書には、国譲りのあと、天穂日命が大国主命を祀る祭主になった、という記述があります。
出雲大社の宮司を務める出雲国造(いずものくにのみやつこ)家は、天穂日命の子孫と伝わります。

大しめ縄が下がる社殿と、白い装束の神職の後ろ姿

役目を果たせなかったはずの神が、のちに、出雲の祈りを支える立場に就く。
居場所は、思わぬ形で、次の世代へ受け継がれていったのです。

同じ一書には、高皇産霊尊(タカミムスヒ)が大国主命に語りかける場面もあります。
目に見える世の中の事(顕事)は天つ神の子孫が治め、目に見えない事(神事)は大国主命が治める、という趣旨の言葉です。

この読み方は、近世以降の国学者たちによって「幽顕分任(ゆうけんぶんにん)」と呼ばれてきました。
神無月と神在月の記事でも、その考え方を紹介しました。

なお、『古事記』では宮の造営を大国主命が求め、『日本書紀』では高皇産霊尊が「天日隅宮」を造ると約束します。
二つの書で、語り口は少し違いますが、「国は譲っても、居場所は新しく用意される」という流れは共通しています。

私が「居場所がない」と感じた日

ここからは、私自身の話です。
誰が正しい、という話をしたいのではありません。居場所がなくなっていく感覚について、書いておきたいのです。

ある神社に頼まれて、週に一日だけ、お手伝いに通っていた時期があります。

やがて、その神社の責任者の方が急に退職されることになり、私が常勤で勤めることになりました。
神職の経験はありますが、すべてができるわけではありません。
とくに事務仕事は苦手でしたので、その点は配慮してほしいと、最初に伝えていました。

責任を持って勤めて、数ヶ月が過ぎたころです。
神社全体の運営を指導する方が来られました。神職ではなく、店舗経営をされてきた方でした。

しばらくは、おとなしくされていました。
けれど、次第に言葉が厳しくなり、私はだんだんついていけなくなりました。

そこへ、求人に応募された神職志願の方が採用されます。
運営を指導する方は、その方とだけ相談して、神社の決め事を進めるようになりました。
私の知らない決め事が、ひとつ、またひとつと増えていきました。

そのとき、頭に浮かんだのは、こんな問いでした。

「私は、何のためにここにいるのだろう。」

責任を持って勤めてきた日々が、全部無駄になるような気がしました。
ここにいる意味を感じられなくなり、数ヶ月のご奉仕で、その神社を離れました。

今になって思うのは、この経験が、国譲りの神話と重なって見える、ということです。

夕暮れの鳥居をくぐって歩き去る人の後ろ姿

居場所とは「場所」ではなく「役割と関係」かもしれない

大国主命は、国を譲りました。
けれど、大国主命という神がいなくなったわけではありません。

私が勤めた数ヶ月も、同じかもしれないと思うようになりました。
その神社の決め事の中からは見えなくなっても、私が責任を持って勤めた日々は、私自身の経験として残ります。

居場所を失うというのは、いまの場所で担っていた役割が、終わるということです。
役割が終わることと、自分の価値が消えることは、同じではありません。

そう考えてから、「居場所」という言葉の意味が、少し変わりました。
場所の名前ではなく、「誰と、どんな関わり方をしているか」。

その関わり方は、場所が変わっても、形を変えて続いていきます。
天穂日命が、使者から祭主へと立場を変えて、出雲に残ったように。
人との関係や縁についてお話しした10月8本目の記事も、よければ合わせてお読みください。

執着を手放すとは、諦めることではない

「執着を手放す」と聞くと、投げ出すような、負けたような響きがあるかもしれません。

けれど、大国主命は、ただ従ったわけではありませんでした。
自分の住まいを立派に造ってほしいと、条件を出しています。
手放す前に、「自分がこれからどこで、どう在るか」を、言葉にしているのです。

神話から、私は次の三つを読み取っています。

  1. すぐに答えず、まず誰かに委ねる(子神に尋ねた場面)
  2. 手放すものと、残すものを分ける(国を譲り、存在は残した)
  3. 次の居場所を、自分の言葉で願う(宮を造ってほしいという条件)

どこまでを手放し、どこからを持ち続けるのか。
それを、自分で選ぶことが、「手放す」ということなのだと、私は受け止めています。

いま、居場所がわからないあなたへ

もし、いま「ここにいていいのだろうか」と感じているなら、次の問いを、手元のノートに書いてみてください。

  • いま、自分が担っている役割は何だろう
  • その役割が終わっても、残るものは何だろう
  • 次に、どんな関わり方をしてみたいだろう

答えは、すぐに出なくて構いません。
大国主命も、自分では答えず、まず子神に委ねました。

国譲りゆかりの神社

国譲りの舞台を訪ねたいときの、参拝先の目安です。

神社祀られている神様国譲りとの関わり
出雲大社(島根県出雲市)大国主大神国を譲るときに求めた宮にあたる社
美保神社(島根県松江市)事代主神美保の岬で、国譲りを答えた場面
諏訪大社(長野県)建御名方神力比べに敗れ、逃れた先の地

まとめ

朝の光が差し込む松並木の参道を歩く参拝者の後ろ姿

出雲を訪れて、大国主命を祀る社の前に立つことがあれば、国を譲った神様のことを思い出してみてください。
居場所を手放した神様は、いまも出雲で、人の縁を見守っています。

あなたがいま手放そうとしているものは、何でしょうか。
そして、手放したあとも、あなたの中に残るものは、何でしょうか。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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コメント

  1. 檜山八恵子 より:

    伊勢のお話を聞かせていただきありがとうございます
    ゆみこさんや、他の仲間達と楽しい旅ができました
    今年は、出雲、伊勢と主人と行けたことありがたく
    感謝しています💓
    このブログもまだまだ読み出したばかり、伊勢には、まだまだ間に合いませんでしたが、これから一つ一つ丁寧に感じて行けたら良いなぁと思います
    ホント、伊勢は静かで、振り返る時間を与えられ、そして再生されていく自分がいました。ブログ
    楽しんで見させていただきますね、ご縁に感謝、ありがとうございました。

    • キトモシ キトモシ より:

      セミナーにご参加いただいた上に、このブログまでよんでいただいて本当にありがとうございます。
      日本全国にはたくさんの神社がありますので、旅行がてらご夫婦でご参拝していただければと思います。
      このブログでもいろんな神社のことはもちろん、神様のこと、神話との関わり方などもいろいろ発信していきますので、よろしくお願いします。