「おはようございます」
「お疲れさまでした」
新しい配属先で、私が言えたのはこの二つだけでした。
仕事そのものは問題なく進むのに、人の輪に入れない。
そんな時間が、私にもありました。
「天孫降臨」は、天照大御神の孫が高天原から降り立った話、と説明されることが多い神話です。
けれど神話には、降り立つ前の場面があります。
分かれ道で、先に待っていた神がいるのです。
この記事では、その場面と、私が小さな神社で人に馴染めなかった頃の話を重ねてみます。
読み終えたとき、「馴染めない自分」を少し違う目で見られるかもしれません。

2〜3人で回す神社に配属された日
私が奉職していた神社には、離れた場所にいくつもの神社がありました。
多くの神職や職員が務める神社もあれば、2〜3人で運営する神社もあります。 普段は職員がいない神社もありました。
部署異動で配属されたのは、2〜3人で運営する神社でした。
神職は2人が交代で勤務し、出勤したらそのまま宿直に入ります。 参拝者が多くない分、ほとんどすべての業務を自分たちで行います。
仕事の量は、それほど多くありませんでした。 難しかったのは、人との関係のほうです。
少人数で回す職場では、人間関係がそのまま仕事の土台になります。 この神社では、地元の方々との協力も欠かせませんでした。
私は、人付き合いが得意なほうではありません。
分かれ道で、先に待っていた神がいる。
その神の話を、この記事の後半でお伝えします。
挨拶二言で終わっていた、朝の掃除
神社には、2人の神職のほかに、掃除をはじめ雑用を担ってくださる「宮務員」さんがいました。
神職同士は、他の場所でも顔を合わせたことがあります。
そのため、それほど抵抗はありませんでした。
困ったのは、宮務員さんでした。
初めてお会いする方で、年齢もかなり上です。
どう話しかければいいのか、見当がつきませんでした。
唯一一緒に仕事をするのは、朝の掃除です。
話題を探しているうちに、掃除が終わります。
宮務員さんが帰るときに「お疲れさまでした」と声をかける。
それが、私にできるすべてでした。
地元の方からは、「あんた新人か?」と声をかけてもらいました。 返事をして、少し話します。 そこで、会話が途切れてしまいます。
続けたい気持ちはあるのに、次の一言が出てきません。

天孫降臨とは|降り立った先は「譲られた国」だった
天孫降臨は、古事記と日本書紀に伝わる神話です。
天照大御神の孫にあたる邇邇芸命(ニニギノミコト)が、高天原から地上の国へ降り立ち、日本の統治の始まりをつくる物語です。 三種の神器を授かり、稲穂を携えて、高千穂へ向かいました。
押さえておきたいのは、降りた先がまっさらな土地ではなかったことです。
その前の国譲りで、大国主命が治めていた国を、天つ神に譲っています。 邇邇芸命が入っていったのは、先にそこで暮らし、国をつくってきた者たちがいる土地でした。
前回の記事では、その国を「譲った側」の大国主命を取り上げました。 今回は、その土地へ「降り立った側」の話です。
この記事で見たいのは、降臨そのものより、降り立つまでの道のりと、降り立った後です。
あらすじや登場する神様は、こちらの記事で詳しくまとめています。
→ 天孫降臨とは?意味・あらすじ
→ 邇邇芸命とは?
→ 国譲り神話とは?
→ 自分の居場所がわからないとき|国譲り神話が教える「執着を手放す」という選択
邇邇芸命は、一人で降りたのではなかった
古事記には、邇邇芸命に付き従った神々が記されています。
天児屋命、布刀玉命、天宇受売命、伊斯許理度売命、玉祖命の五柱で、「五伴緒(いつとものお)」と呼ばれます。
新しい土地へ向かうのに、仲間が一緒にいた。 神話は、はじめからそう語っています。

降臨の途中、天の八衢(あめのやちまた)という分かれ道に、すでに待っている神がいました。
猿田彦神です。
古事記では、上は高天原を、下は葦原中国を照らす神として描かれています。
その神の前に立ち、「何者か」と問う役を任されたのが、天宇受売命でした。
猿田彦神は、天つ神の御子が降りてくると聞いて、お迎えに来たと答えます。
そして、先導を申し出ました。
邇邇芸命は、知らない土地へ一人で踏み込んだわけではありません。 その土地をよく知る神が、先に分かれ道で待っていました。
→ 猿田彦神とは?
「此地はいと吉き地」と言うまで

高千穂に降り立った邇邇芸命は、古事記によれば、この地を見渡してこう語ります。
朝日がまっすぐに差し、夕日が照る国である。
だからここは、とてもよい土地だ。
── 古事記より(邇邇芸命が高千穂で語った言葉の大意)
そのうえで、宮殿を建てて住まいました。
降り立ってすぐに、居場所が決まったのではありません。 土地を見て、「ここにいよう」と言葉にして、住まいを定める。 その順序で、物語は進んでいきます。
先にその土地へ入っていた神もいた
古史古伝として扱われることもある『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』には、邇邇芸命より前に、饒速日命(ニギハヤヒ)が天降ったという伝えがあります。 物部氏の祖神とされる神です。
この書は、成立をめぐって研究者の間でも評価が分かれています。
ここでは真偽を断じず、邇邇芸命より先に天降った神がいたと語る伝えが残っていることだけを、心に留めておきます。
古事記の邇邇芸命も、この伝えの饒速日命も、入っていった先には、すでに誰かの暮らしがありました。
→ ニギハヤヒとは?
馴染めたのは、「無礼講」の夜からでした
馴染めない日々が続いたあと、歓迎会のような形で、お酒を一緒に飲む機会がありました。

田舎の宴会は、始まった瞬間に「無礼講、無礼講」の声が上がります。
お酒をついてもらいながら、あれこれ聞かれました。
お酒が飲める人間だと分かると、場はさらに盛り上がります。
気づけば、一緒に馬鹿騒ぎをしていました。
その夜を境に、空気が変わりました。
田舎の方々は、きっかけが一つあると、一気に距離を縮めてくださるところがあります。 途切れていた会話が続くようになり、仕事の合間にも、自然に話せるようになりました。
そこからは、その神社での時間を楽しく過ごせました。
私が自分から何かを変えたわけではありません。 迎える側の方々が、先に席を用意してくださっていたのです。
神社の秋祭りのあとにも、直会(なおらい)の席があります。 神様にお供えしたものを、人がいただく席です。 私が奉職していた頃の直会でも、豪快に笑いながら、互いの労をねぎらってお酒を飲んでいました。
歓迎会の夜の笑い声は、あの直会の笑い声と同じ種類のものでした。
馴染めない時間は、土地を見渡している時間だった
邇邇芸命の物語を、私の場合に当てはめてみると、三つの場面が重なります。
- 五伴緒のような存在がいた。同じ神社に、顔見知りの神職がいました。
- 分かれ道で待つ人がいた。「あんた新人か?」と最初に声をかけてくださったのは、迎える側の地元の方でした。
- 住まいを定める前に、見渡す時間があった。挨拶だけで終わっていた毎日は、その土地を見渡していた時間でした。
馴染めずにいる間は、自分だけが取り残されているように感じます。 けれど、迎える側が席を用意するまでの途中、という見方もできます。
邇邇芸命を祀る神社・降臨の地を訪ねる
邇邇芸命を祀る神社として知られるのが、鹿児島県霧島市の霧島神宮です。
降臨の地は諸説あり、高千穂峰(宮崎・鹿児島県境)と、宮崎県高千穂町の伝承地が知られています。
高千穂については、天岩戸神社の記事もあわせてどうぞ。
まとめ
新しい場所で、言葉が出てこない日は、誰にでもあります。
あの頃の私は、朝の掃除と帰りの挨拶で精一杯でした。 それでも、先に分かれ道で待っていてくれる人は、思っているよりいたのだと、今は思います。
あなたの新しい場所では、誰が先に待っていてくれているでしょうか。

もし今、居場所が見つからずにいるなら。 神社の入口で一礼して、その場所を見渡すところから始めてみてはいかがでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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