「熊野に行きたい」
ふと、そんな言葉が口をついて出る瞬間があります。
仕事で疲れたとき。
人生の転機に立ったとき。
何かを失って、もう一度立ち上がりたいとき。
不思議なことに、熊野という土地は、そういう人を黙って受け入れてきました。
平安時代の上皇から、現代の旅人まで。
身分も時代も関係なく、人々は熊野古道を歩き、熊野本宮大社の前に立ってきたのです。
なぜ、熊野なのか。
なぜ、本宮なのか。
この記事では、元神職としての視点から、熊野本宮大社が「よみがえりの聖地」と呼ばれる理由を、できるだけやさしく解き明かしていきます。
参拝の作法、アクセス、見どころ、ここでしか手に入らない授与品、古道歩きの装備まで。
読み終えたとき、あなたの中に「行ってみたい」という静かな衝動が生まれていれば嬉しいです。
この記事でわかること
- 熊野本宮大社が「よみがえりの聖地」と呼ばれる理由
- 熊野三山それぞれの役割と巡礼の意味
- アクセス・参拝順路・授与品の完全情報
- 元神職として感じた熊野の本質

第1部:物語と思想 ―― 熊野本宮大社が“よみがえりの地”と呼ばれる理由
熊野本宮大社とは
熊野本宮大社は、和歌山県田辺市本宮町に鎮座する、熊野三山の中心的な存在です。
熊野三山とは、
| 神社 | 司る時間 | 象徴 |
|---|---|---|
| 熊野本宮大社 | 過去世 | 山・命の根源 |
| 熊野速玉大社 | 現世 | 海・清らかさ |
| 熊野那智大社 | 来世 | 滝・生命力 |
この三社の総称で、それぞれ「過去・現在・未来」を司るとされてきました。
本宮はそのなかでも、最も“はじまり”に近い場所です。
ご祭神は 家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)。
スサノオノミコトと同一神とされ、命の根源を司る神様です。
👉 スサノオについては、別記事「須佐之男命(スサノオ)とは?」で詳しく書いています。
創建は紀元前と伝えられ、その歴史は2000年以上。
日本でも屈指の古社のひとつです。
熊野三山とは ―― 過去・現在・未来を司る三つの聖地

熊野本宮大社を語るとき、欠かせないのが「熊野三山(くまのさんざん)」という考え方です。
熊野三山とは、紀伊半島南部に鎮座する三つの大社の総称。
- 熊野本宮大社(ほんぐうたいしゃ)
- 熊野速玉大社(はやたまたいしゃ)
- 熊野那智大社(なちたいしゃ)
それぞれが独立した神社でありながら、深く結びつき、ひとつの聖域として機能してきました。
三社それぞれの役割
熊野三山には、それぞれ異なる「時間軸」が与えられているとされます。
| 神社 | 司る時間 | 主祭神 | 象徴 |
|---|---|---|---|
| 熊野本宮大社 | 過去世 (前世の救済・よみがえり) |
家都美御子大神 (けつみみこのおおかみ) |
山・命の根源 |
| 熊野速玉大社 | 現世 (今を生きる安寧) |
熊野速玉大神 (くまのはやたまのおおかみ) |
海・清らかさ |
| 熊野那智大社 | 来世 (未来の幸福) |
熊野夫須美大神 (くまのふすみのおおかみ) |
滝・生命力 |
過去・現在・未来。
三社をめぐることは、自分の人生の時間を一度ほどき直す旅でもあったのです。
三社それぞれの個性
■ 熊野本宮大社 ―― 山の神、はじまりの場所
深い山々に抱かれた、熊野三山の”はじまり”の地。
かつては川の中州(大斎原)に鎮座し、水と森に守られた聖域でした。
ご祭神の家都美御子大神はスサノオノミコトと同一視され、命の根源を司ります。

👉 詳しくは別記事もご覧ください。
須佐之男命(スサノオ)とは?暴れ神から英雄へ

■ 熊野速玉大社 ―― 海の神、清めの場所
新宮市(しんぐうし)の街中に鎮座する、朱塗りの社殿が美しい大社。
熊野川の河口近くにあり、「水で清める・流す」という意味を持ちます。
本宮が”山”の神ならば、速玉は”海と川”の神。
過去を流し、新しい今を生きる場所です。
■ 熊野那智大社 ―― 滝の神、未来への力
落差133mの那智の滝そのものをご神体とする、生命力あふれる聖地。
滝のしぶき、轟音、立ちのぼる水煙 ―― すべてが祈りの対象です。
未来へ向かう力をくれる場所として、古くから篤く敬われてきました。
隣接する青岸渡寺(せいがんとじ)と一体化した、神仏習合の歴史を今に伝える稀有な聖地でもあります。

なぜ三社で「ひとつ」なのか ―― 熊野権現の思想
熊野三山には、もうひとつ重要な特徴があります。
それは、三社すべてに同じ神々が祀られているということ。
本宮の主祭神は速玉や那智にも祀られ、速玉の主祭神は本宮や那智にも祀られている。
つまり、三社は別の神社でありながら、ひとつの神様の世界を分け持っているのです。
この考え方を「熊野権現(くまのごんげん)」と呼びます。
権現とは「仮の姿で現れた神仏」という意味。
熊野の神々は、仏教の仏が日本の神として姿を変えて現れた存在 ―― と考えられてきました。
- 本宮の家都美御子大神 = 阿弥陀如来
- 速玉の熊野速玉大神 = 薬師如来
- 那智の熊野夫須美大神 = 千手観音
神道と仏教が、争うことなく重なり合う。
これは、日本人の「**異なるものを排除せず、共に祀る**」という感覚そのものです。
👉 この感覚は、別記事とも深く重なります。
八百万の神とは?意味・考え方・日本人の価値観
三山をめぐる ―― 千年続いた巡礼の旅
平安時代から、人々は三社をひとつながりに巡ってきました。
一般的な巡礼ルートは、
本宮 → 速玉 → 那智
の順。
熊野川を舟で下り、速玉へ。
そこから海岸沿いに那智へ。
最後に那智の滝の前で、旅を締めくくる。
三山巡礼が意味するもの
- 過去(本宮)で自分をほどき
- 現在(速玉)で身を清め
- 未来(那智)に向かって力を得る
千年前の旅人も、現代のあなたも、同じ道筋をたどることができます。
私は神職時代、三山をひとつながりに巡ったとき、
「人生って、本当はこういうリズムなのかもしれない」
と、ふと感じたことがあります。
過去を見つめ、今を整え、未来へ歩く。
当たり前のようでいて、日常の中ではなかなかできないことです。
熊野三山は、その「人生のリズム」を、
土地そのもので教えてくれる場所なのかもしれません。
なぜ「よみがえりの地」と呼ばれるのか

熊野が「よみがえり(蘇り)」の聖地と呼ばれるのには、深い理由があります。
熊野の語源には諸説ありますが、ひとつに「隈(くま)の野」という説があります。
“隈”とは、奥まった場所、影、見えにくいところ。
熊野とは、人の目から隠れた、もうひとつの世界。
そこへ足を踏み入れ、生きて戻ってくることが、「よみがえり」だった。
熊野古道を歩くというのは、単なる観光ではありません。
それは、自分を一度ほどき、もう一度組み直すための旅。
私はこの感覚を、神職時代に何度も実感しました。
人は本当に追い詰められたとき、教えや言葉では救われない。
ただ、歩くこと。自然の中に身を置くこと。
それだけで、心の輪郭が少しずつ整っていく。
熊野は、そういう場所なのかもしれません。
👉 「歩くことが祓いになる」という感覚は、別記事もあわせてどうぞ。
禊とは?伊邪那岐神話に学ぶ再生
蟻の熊野詣 ―― 千年前の“群衆参拝”

平安時代、上皇や貴族たちは競うように熊野へ詣でました。
やがて庶民にも広がり、その様子は「蟻の熊野詣」と呼ばれるほど。
身分も、立場も、過去も問わない。
熊野は、誰でも受け入れる山でした。
特筆すべきは、女性も受け入れたということ。
当時、多くの霊山が「女人禁制」を敷くなか、熊野は女性に門を開いていました。
これは日本の聖地の歴史のなかで、極めて稀なことです。
罪を犯した者も、病に苦しむ者も、女性も、子どもも。
熊野の神は、誰ひとり拒みませんでした。
伊勢が「整った清浄さ」だとすれば、
熊野は「人生に傷ついた人が向かう場所」だった。
👉 伊勢神宮との違いは、別記事「伊勢神宮とは何か?」を読むとより立体的に見えてきます。
この“受け入れる力”こそ、熊野本宮大社の本質だと私は感じています。
大斎原(おおゆのはら) ―― 川の中州にあった旧社地

熊野本宮大社を語るうえで欠かせないのが、**大斎原(おおゆのはら)**です。
実は、現在の本宮大社は本来の場所ではありません。
かつての社殿は、熊野川・音無川・岩田川の合流する中州にありました。
しかし明治22年(1889年)の大水害により、社殿の多くが流失。
残った社殿が、現在の高台に遷されたのです。
大斎原には今、日本一の大鳥居(高さ約34m・幅約42m)が立っています。
平成12年(2000年)に建てられた、比較的新しい鳥居です。
鳥居をくぐった先に広がるのは、社殿ではなく、ただ静かな森と空。
熊野川のせせらぎ。
風に揺れる草の音。
木々の隙間から差し込む、まだらな光。
湿った土の匂い。
何もない。
けれど、何かがある。
私が初めてここに立ったとき、言葉を失いました。
建物がないからこそ、神様の気配が直接届くような感覚。
鳥居の意味、聖域の意味を、体で理解した瞬間でした。
👉 鳥居の意味については、別記事「鳥居とは何か?」で詳しく書いています。
—
第2部:完全参拝ガイド

基本情報
| 名称 | 熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ) |
|---|---|
| ご祭神 | 家都美御子大神(主祭神)ほか |
| 住所 | 〒647-1731 和歌山県田辺市本宮町本宮1110 |
| 電話 | 0735-42-0009 |
| 開門時間 | 6:00〜19:00(社務所・授与所:8:00〜17:00) |
| 拝観料 | 無料 |
| 所要時間 | 本殿のみ:約40分/大斎原含む:約1時間30分 |
アクセス
【電車+バスの場合】
| 出発駅 | バス路線 | 所要時間 | 下車バス停 |
|---|---|---|---|
| JR紀勢本線 新宮駅 |
熊野御坊南海バス 「本宮大社前」行き |
約1時間20分 | 本宮大社前 (徒歩すぐ) |
| JR紀勢本線 紀伊田辺駅 |
龍神バス 「本宮大社前」行き |
約2時間 | 本宮大社前 (徒歩すぐ) |
※ バスは本数が限られています(1日数本)。事前に時刻表の確認をおすすめします。
※ 新宮駅ルートのほうが本数が多く、初めての方には乗り換えがシンプルです。
【高速バスの場合】
| 出発地 | バス会社 | 所要時間 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 大阪 | 明光バス・龍神バスなど | 約6時間 | 乗り換えなしで直行 |
| 京都 | 明光バスなど | 約6時間30分 | 季節運行あり |
👉 高速バスは「本宮大社前」バス停まで直行できる便があり、乗り換えが不要。
時間はかかりますが、ゆっくり熊野へ向かいたい方には最も負担の少ないルートです。
【自家用車の場合】
| 出発地 | 主なルート | 所要時間 |
|---|---|---|
| 大阪方面 | 阪和自動車道「南紀田辺IC」 → 国道311号経由 |
約3時間30分 (ICから約1時間30分) |
| 名古屋方面 | 紀勢自動車道「尾鷲北IC」 → 国道42号・168号経由 |
約4時間 (ICから約2時間) |
| 和歌山方面 | 国道311号経由 | 約2時間 |
| 奈良方面 | 国道168号 「五條~十津川村」経由 |
約3時間30分 |
駐車場情報
| 瑞鳳殿駐車場 | 無料/約60台/本殿に最も近い |
|---|---|
| 町営駐車場 | 無料/周辺に複数あり/徒歩5〜10分 |
| 大斎原専用駐車場 | 無料/約20台/大斎原参拝に便利 |
※ 繁忙期(GW・お盆・正月・例大祭4月13〜15日)は満車になりやすいため、早朝到着がおすすめです。
※ 山道のため、冬季(12月〜2月)は積雪・凍結に注意。スタッドレスタイヤ推奨。
天候と服装のアドバイス
熊野は、年間を通して雨が多い土地です。
特に古道を歩くなら、装備は侮れません。
古道歩きの装備チェックリスト
- レインウェア(上下)― 傘では古道は歩きにくい
- 防水のトレッキングシューズ ― 石畳が雨で滑りやすい
- タオル・着替え ― 汗と雨で濡れます
- 飲み物・行動食 ― 古道に売店はほぼなし
- モバイルバッテリー ― 電波の弱い区間あり
夏でも山あいは冷えるので、一枚羽織れるものを。
冬は冷え込むので、しっかりした防寒を。
参拝順路モデルコース

【初心者向け:約1時間30分コース】
- 一の鳥居(くぐる前に一礼)
- 158段の石段を上る(途中、息を整えながらゆっくり)
- 神門の前で姿勢を正す
- 本殿で参拝(二礼二拍手一礼)
- 授与所で御朱印・お守りをいただく
- 車で大斎原へ移動(徒歩でも約10分)
- 日本一の大鳥居をくぐり、旧社地を感じる
👉 参拝の作法に不安がある方は、別記事をあわせてどうぞ。
神社の正しい参拝方法
【じっくり向け:半日コース(古道歩きあり)】
もし時間が許すなら、ぜひ熊野古道を歩いてから本宮に参拝してみてください。
平安の旅人たちが歩いた道を、自分の足でたどる ―― それは、ただの参拝とはまったく違う体験になります。
苔むした石畳。
木漏れ日の中に立つ、小さな祠(ほこら)。
かすかに聞こえる沢の音。
千年前の旅人も、同じ風景を見ていたのかもしれない。
そう思うと、足取りが自然と静かになります。
古道歩き|発心門王子から本宮までのルート
| 順序 | 地点 | 距離・時間 | 意味・見どころ |
|---|---|---|---|
| ① | 発心門王子 (ほっしんもんおうじ) |
スタート地点 | ここから熊野の神域が始まるとされる |
| ② | 水呑王子 (みずのみおうじ) |
約1.5km 30〜40分 |
古道歩きの最初の休憩スポット |
| ③ | 伏拝王子 (ふしおがみおうじ) |
約2.5km 1時間 |
初めて本宮が遠望でき、旅人が地に伏して拝んだ場所 |
| ④ | 三軒茶屋跡 | 約4.5km 1時間30分 |
高野山への分岐点。江戸期は茶屋でにぎわった |
| ⑤ | 祓殿王子 (はらいどおうじ) |
約6.5km 2時間30分 |
本宮目前で身を祓う、最後の王子社 |
| ⑥ | 熊野本宮大社 | 約7km 3〜4時間 |
ゴール。158段の石段を上って本殿へ |
王子社(おうじしゃ)とは?
熊野古道沿いに点在する、熊野権現の御子神を祀る小さな社のこと。
古道を歩く人々は、ひとつひとつの王子社に手を合わせながら本宮を目指しました。
全部で「九十九王子(くじゅうくおうじ)」と呼ばれるほど、数多くの祠が道しるべとなっていたのです。
半日コース全体の流れ
| 時間目安 | 行程 |
|---|---|
| 8:00 | 発心門王子にてスタート ※本宮大社前バス停から「発心門王子」行きバスで約20分 |
| 8:00〜12:00 | 熊野古道を歩く(約7km・休憩含む) |
| 12:00 | 熊野本宮大社に到着 |
| 12:00〜13:00 | 本殿参拝・授与品をいただく |
| 13:00〜14:00 | 大斎原(おおゆのはら)にて休息 |
| 14:30〜 | 湯の峰温泉または川湯温泉で身を清める |
伏拝王子で感じる、千年前の涙
古道歩きのハイライトのひとつが、伏拝王子(ふしおがみおうじ)です。
山道を歩き続け、ようやく稜線にたどり着いたとき、遠くに熊野本宮の社が見える。
平安の旅人たちは、その光景を見た瞬間、思わず地に伏して涙したと伝えられています。
現代の私たちには「ようやく着いた」程度の感覚かもしれません。
けれど、片道何日もかけて歩いてきた人にとっては、
それは「人生そのものがたどり着いた瞬間」だったのです。
本宮は、すぐにたどり着く場所ではなかった。
たどり着くまでの「道」こそが、祈りそのものだった。
古道歩きの注意点
歩く前に確認しておきたいこと
- 所要時間は3〜4時間。途中に売店はほぼなし
- 水・行動食は必ず持参する
- 雨天時は石畳が滑りやすいため、無理せず延期を検討
- 夏季は熱中症対策、冬季は防寒対策を万全に
- 携帯電波が弱い区間あり。事前にオフライン地図を準備
- 発心門王子行きのバスは本数が少ない(要事前確認)
私が古道を歩いたのは、まだ少し肌寒さの残る春先でした。
最初の1時間は「あと何kmだろう」と地図ばかり気にしていました。
けれど、伏拝王子で本宮を遠望した瞬間、
「ああ、もう距離なんてどうでもいい」と思えたのです。
歩くことで、いつのまにか「答えを求める自分」から「ただ歩く自分」に変わっていく。
それが、熊野古道の不思議な力でした。
👉 古道歩きは「禊(みそぎ)」の感覚にも近いものがあります。
禊とは?伊邪那岐神話に学ぶ再生と、極寒の五十鈴川で知った命の輪郭
見逃せない見どころ7選
- 158段の石段 ―― ここを上ること自体が祓いの行為
- 神門 ―― 八咫烏(やたがらす)の幟が並ぶ象徴的な門
- 本殿(四社殿) ―― 国の重要文化財。檜皮葺の美しい屋根
- 大斎原の大鳥居 ―― 高さ約34m・幅約42mの日本一の大鳥居
- 八咫烏ポスト ―― 黒い八咫烏の郵便ポスト(手紙を出すと特別な消印がもらえる)
- 産田社(うぶたしゃ) ―― 大斎原の手前にある女性の守り神。伊邪那美命を祀る
- 熊野川 ―― 古代の参拝者が舟で渡った”聖なる川”
おすすめの授与品
熊野本宮大社の象徴は、なんといっても 八咫烏(やたがらす)。
神武天皇を導いた三本足の烏で、「道案内」「導き」の象徴です。
| 授与品 | 初穂料 | 特徴 |
|---|---|---|
| 八咫烏のお守り | 800円〜 | 道に迷ったときの導きのお守り |
| 牛王神符 (ごおうしんぷ) | 1,000円 | 八咫烏を組み合わせた特別な神符。誓いの紙として歴史的に使われてきた |
| 八咫烏の御朱印 | 500円 | 八咫烏の朱印が押される特別な御朱印 |
| サッカー守り | 800円 | 日本サッカー協会のシンボル=八咫烏にちなみ、勝負ごとに |
| 蘇り守り | 800円 | 熊野の”よみがえり”を象徴するお守り |
👉 牛王神符は特に貴重です。
かつて武士や農民が「契りの紙」「起請文」として使った歴史を持ち、
現代でこれが手に入る場所は熊野三山だけ。
授与所受付時間:8:00〜17:00
受付場所:本殿に向かう石段を上った右手
👉 御朱印やお守りの扱い方は、別記事を参考にしてください。
御朱印の意味ともらい方
神社のお守りの正しい扱い方
いつ参拝するのがよいか
季節別おすすめ度
| 季節 | おすすめ度 | 特徴 |
|---|---|---|
| 春(3〜5月) | ★★★★☆ | 新緑が美しく、気候も穏やか |
| 夏(6〜8月) | ★★★☆☆ | 例大祭後の静けさ/川遊びも可。やや暑い |
| 秋(9〜11月) | ★★★★★ | 紅葉と古道歩きの最高の時期 |
| 冬(12〜2月) | ★★★★☆ | 参拝者が少なく、最も静かに参拝できる |
時間帯別おすすめ
- 早朝(6:00〜8:00):人が少なく、空気が澄んでいる。最もおすすめ
- 夕方(16:00〜18:00):夕日に照らされた大斎原が幻想的
私の感覚では、早朝の参拝が圧倒的に違います。
鳥のさえずりと、湿った土の匂い。それだけで身体が整っていきます。
年間行事・お祭り
| 時期 | 行事 | 内容 |
|---|---|---|
| 1月7日 | 八咫烏神事 | 熊野牛王神符を奉製する儀式 |
| 2月節分 | 節分祭 | 厄除けの祭礼 |
| 4月13〜15日 | 例大祭 | 湯登神事・船玉大祭・本宮祭。最も重要な祭礼 |
| 8月 | 献湯祭 | 湯の峰温泉から汲んだ湯を奉納 |
| 11月 | 新嘗祭 | 新穀感謝祭 |
周辺スポット
熊野本宮大社の参拝は、周辺と組み合わせることで完成します。
温泉
| 湯の峰温泉 | 日本最古の温泉のひとつ。世界遺産にも登録された「つぼ湯」がある |
|---|---|
| 川湯温泉 | 川底を掘ると温泉が湧く野趣あふれる温泉 |
| 渡瀬温泉 | 西日本最大級の露天風呂 |
グルメ
- めはり寿司:高菜の葉でくるんだ郷土料理
- 熊野もうで餅:参拝後にいただく定番の和菓子
- 本宮café:本宮大社近くの古民家カフェ
観光
- 熊野古道(中辺路):発心門王子から本宮までの約7kmが人気
- 熊野川舟下り:本宮から速玉大社まで、古代の参拝路をたどる
熊野での一夜が、参拝を完成させる
熊野本宮大社の参拝は、日帰りでも可能です。
けれど、湯の峰温泉や川湯温泉で一夜を過ごすと、旅の意味がまるで違って感じられます。
湯につかり、川音を聴きながら眠る。
それは、熊野という土地が用意してくれている”もうひとつの祓い”のような時間です。
知っておきたい豆知識
- 「ヤタガラス」は神武天皇を導いた神話の使い ―― 古事記・日本書紀に登場
- 日本サッカー協会のエンブレムは、この八咫烏がモデル
- 大斎原の大鳥居は、平成12年(2000年)に建てられた比較的新しいもの
- 熊野本宮は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の中核資産
- 「本宮」は”もとみや”ではなく”ほんぐう“と読む
- 熊野古道沿いには「九十九王子」と呼ばれる小さな社が点在し、巡礼の道しるべとなっていた
第3部:体験と気づき
元神職として、熊野で感じたこと
私が初めて熊野本宮大社を訪れたのは、神職を辞めるかどうか迷っていた頃でした。
50代を目前に、安定した職を手放すかどうか。
誰にも答えを出してもらえない問いを抱えて、私は熊野へ向かいました。
👉 そのときの葛藤については、別記事に書いています。
50代で安定した仕事を辞める決断ができた理由
158段の石段を上りながら、息が切れる。
それでも、一段一段、踏みしめるたびに、頭の中の雑音が少しずつ消えていきました。
本殿の前に立ったとき、私は何もお願いしませんでした。
ただ、「ここに来た」ということだけを、神様に伝えた気がします。
そのあと、大斎原に向かいました。
何もない広い土地に、大きな鳥居がぽつんと立っている。
そこで、ある言葉が浮かびました。
“よみがえる”とは、生まれ変わることではなく、
今までの自分を一度受け入れて、そのまま次の一歩を踏み出すこと。
熊野の神は、何かを叶えてくれる神ではないように感じます。
ただ、迷っている人をそのまま受け止めてくれる神。
それは、神社という場所の本質と重なります。
神社は願いを叶える場所ではなく、心を整える場所。
読者のあなたへ
もし今、あなたが何かに行き詰まっているなら。
人生をリセットしたいと感じているなら。
熊野本宮大社へ行ってみてください。
すぐに答えは出ないかもしれません。
でも、石段を上り、神門をくぐり、大斎原の鳥居の下に立ったとき。
何かが、ほどけるはずです。
それは「願いが叶う」ではなく、
「自分に戻る」という体験です。
まとめ|“よみがえり”とは、再び自分になること

熊野本宮大社は、特別な力で人生を変えてくれる場所ではありません。
ただ、自分の心と向き合う時間と空間を、惜しみなく与えてくれる場所。
平安の上皇も、現代のあなたも、同じ石段を上り、同じ空を見上げる。
時代を超えて、人は熊野で”よみがえって”きました。
熊野での過ごし方は、自由です
- 熊野古道を歩くのもいい
- 早朝に静かに参拝するのもいい
- 大斎原の鳥居の下で、ただ立ち尽くすのもいい
どんな形であれ、熊野はあなたを受け入れてくれます。
そして、帰り道。
来たときとは少し違う自分になっていることに、ふと気づくかもしれません。
あなたは、なにを置いて、熊野へ向かいますか?
最後まで読んでいただきありがとうございました。
日本の神社や神様、キャリアチェンジ、動画編集についての記事を書いています。
よろしければ応援クリックお願いします。
↓


コメント