神無月になると、全国の神様が出雲に集まる。
そう聞いたことがある方は多いと思います。
では、その間、町や家を預かっているのは誰なのでしょうか。
東日本で、その留守番の代表格とされるのが「えびす様」です。
ところが、えびす様の正体とされる事代主神(ことしろぬしのかみ)は、出雲の大国主命の子。
出雲の神様が、なぜ「行かない側」になったのか。
実は、江戸時代には、留守番中のえびす様を責める絵が、大流行したことがあります。
この記事では、その絵と、国譲り神話の一場面から、理由を読んでみます。
この記事にしか書いていないこと
- 江戸の大地震のとき、留守番のえびす様が描かれた「鯰絵(なまずえ)」の話
- 留守番の理由が、足・耳・餅と、地域によって何通りにも語られていること
- 国譲りの登場人物と、「留守」の話の不思議な重なり

江戸の人々は、留守番のえびす様を責めた
安政2年(1855年)、旧暦の10月2日。
江戸を大きな地震が襲いました。
M7クラスと推定される直下型地震で、江戸を中心に大きな被害が出ています。
当時の人々は、地震は地中の大ナマズが暴れて起こると考えていました。
そのナマズを要石(かなめいし)で押さえているのが、鹿島神宮の神様です。
ところが、この地震は、その神様が出雲へ出かけて留守の間に起きました。
では、留守番をしていたえびす様は、何をしていたのでしょうか。
地震の直後から、ナマズを描いた「鯰絵」と呼ばれる刷り物が、短い期間に大量に出回りました。
確認されているだけで200種ほどあるそうです。
その中に、えびす様が登場する絵があります。
右に厳しい顔の鹿島の神様。左に、頭を低くして並ぶナマズたち。
その間に座って、えびす様が鹿島の神様に話しかけています。
釈明の中身は、酒を飲みすぎて寝入ってしまい、ナマズの大暴れを止められなかった、というものです。
要石にもたれて眠るえびす様を描いた絵もあります。
当時の人々は、えびす様の居眠りが地震の原因だと受け取っていたようです。
(島根県古代文化センター・石山祥子専門研究員の解説による)
笑ってしまう絵です。
ただ、留守を預かる側から見ると、少し耳の痛い絵でもあります。
留守番だから責められる。
けれど責められるのは、それだけ頼りにされていたからです。

留守番の神様は、えびす様だけではない
神無月に出雲へ行かず、地元に残る神様を「留守神(るすがみ)」と呼びます。
北は東北から南は九州まで、各地にいるとされます。
| 留守神 | 留守番をする理由(地域の伝承) |
|---|---|
| えびす様 | 関東など東日本では、留守神の代表格 |
| 荒神様・竈(かまど)の神 | 家や竈を空けられないため、留守役を務める |
| 道祖神 | 村や道の境にとどまり、外から悪いものが入るのを防ぐ |
どの神様が留守番をするかは、土地によって違います。
その土地の暮らしが、留守を守る神様の顔ぶれを決めてきたのかもしれません。
神無月と神在月については、こちらで詳しく書いています。
→ 神無月とは?出雲の神々が教えてくれる、”いなくなる”のではなく”向き合う”月の物語
https://kitomosi.com/kannazuki-kamiarizuki-toha/
えびす様が留守番になった理由は、ひとつに決まっていない
えびす様が出雲に行かない理由には、いくつもの話があります。
① 餅を盗んだから
出雲で食べた餅があまりに美味しく、盗んで帰った。
そのため、出雲に行きづらくなったという話です。
② 足が不自由だから
えびす様を、伊弉諾尊・伊弉冉尊の最初の子、蛭子神(ヒルコ)とする説から来る話です。
日本書紀には、蛭児が三歳になっても足が立たなかったという記述があります。
そこから「足が悪くて出雲まで行けない」と語られるようになりました。
蛭子神については、こちらにも書いています。
→ 蛭子神(ヒルコ)とは?海に流された最初の子が教える、”やり直せる”という祝福
https://kitomosi.com/hiruko-toha-yarinaoshi/
③ 耳が遠いから
関西のえびす社には、本殿の裏に回って、板や銅鑼を叩いて願う作法があります。
「えびす様は耳が遠いから、後ろから叩いて知らせる」という言い方は、この参拝作法と重なります。
民俗学者の柳田国男は、『年中行事覚書』のなかで、足の話は蛭子と結びつけた推測にすぎず根拠がなく、耳の話も確かではない、と書いています。
そのうえで、本殿の裏の戸を叩く参拝を見ると、えびす様は「こちらから進んで求める神様」と考えられていたのかもしれない、とも述べています。
さらに地域によっては、まったく逆の話もあります。
えびす様は10月20日に空の財布を持って稼ぎに出て、翌年の正月20日にいっぱいにして帰ってくる、というものです。
留守番どころか、出かけていく神様です。
理由が一つに決まらないのは、どの土地の人も、えびす様を自分たちの身近な神様として語ってきたからではないでしょうか。

国譲りのとき、事代主神は何と答えたのか
では、事代主神という神様は、もともとどんな神様だったのか。
国譲り神話に、その場面があります。
→ 国譲り神話とは?経津主神・建御雷神・大国主命──”譲る”という選択に込められた日本人の心
https://kitomosi.com/kuniyuzuri-shinwa-toha/
天照大御神は、地上の国(葦原中国)を、自分の子孫に治めさせたいと考えます。
そこで、武の神である建御雷神らが、出雲の大国主命のもとへ遣わされました。
大国主命は、こう答えます。
「私の子の事代主神に聞いてください」
そのとき、事代主神は、美保の岬(現在の島根県松江市美保関のあたり)で、釣りや鳥獲りをして過ごしていました。
使者に呼ばれ、父から尋ねられた事代主神は、国を天つ神の御子に差し上げると答えます。
そして、乗っていた船を踏み傾け、天の逆手(あまのさかて)を打って、船を青柴垣(あおふしがき)に変え、その中に隠れた──と、古事記は伝えています。
ここで、事代主神は戦いませんでした。
問われて、答えて、退いたのです。
「事代」という名は、神様の言葉を代わりに告げる、託宣の神という意味合いを含むと考えられています。
言葉を預かる神様が、その言葉で「譲る」と答えました。

出雲に行かない神様には、国譲りの登場人物が多い
ここからは、神話に書かれていることではなく、私の読み方です。
神無月の「出雲に行く・行かない」の話には、国譲りの場面にいた神様の名前が、何度も出てきます。
- 事代主神:最初に「譲る」と答え、青柴垣に隠れた神様。東日本では、留守神の代表格のえびす様。
- 建御名方神:力比べで敗れ、諏訪まで逃れた神様。「この地を除いては、他へは行かない」と誓ったと、古事記は伝えます。諏訪の神様が神無月に出雲へ行かないとされる話は、この誓いを思い出させます。
- 鹿島の神(建御雷神):使者として出雲へ来た武の神。鯰絵では「出雲へ行って不在」と描かれますが、「要石を押さえるために留まる」と語る伝承もあります。両方の話が残っています。
偶然かもしれません。
ただ、事代主神は、最初に「譲る」と答えた神様です。
出かけていく側ではなく、残って見守る側に回る。
その姿が、後の人々に「留守を守る神様」を重ねさせたのではないか、と私は感じています。
後世の人々が、神話と民間の習俗を結びつけた結果かもしれません。
それでも、結びつけたくなる何かが、事代主神の物語にはあったのだと思います。
事代主神を祀る島根県の美保神社には、国譲りの場面を伝える神事が、今も続いています。
4月7日の青柴垣神事は、事代主神が青柴垣に隠れた場面に由来します。
12月3日の諸手船神事は、使者が事代主神を訪ねた場面を、舟で表す神事です。
譲った場面と、隠れた場面。
その両方が、祭りとして繰り返されています。
諏訪の神様と鹿島の神様については、こちらにも書いています。
→ 諏訪大社とは?元神職が解く”七不思議と御柱祭”
https://kitomosi.com/suwa-taisha-onbashira-nanafushigi-complete-guide/
→ 鹿島神宮とは?「鹿島立ち」の語源になった東国最古の聖地
https://kitomosi.com/kashima-jingu-takemikazuchi-complete-guide/
元神職として思う、留守を預かるということ
神職として奉職していた頃、2〜3人で運営する小さな神社に配属されたことがあります。
神職は二人で交代勤務。
出勤すると、そのまま宿直に入る形でした。
参拝者は多くなく、ほぼすべての業務を自分たちで行う神社でした。
宿直では、境内に異常がないかを確認するために、巡視をします。
それ以外の時間は、特別なことをしているわけではありません。
神社に一人でいるとき、先輩からよくこう言われました。
「何をするよりも、神社にいることが大切」
神職がそこにいれば、参拝者が来たときにすぐ対応できます。
そして、神社も安泰でいられる。
えびす様が預かっているのも、この「いること」なのだと思います。

えびす様が、今の私たちに教えてくれること
私たちは、出かけていく人に目を向けがちです。
新しい場所へ行く人、人前に立つ人、成果を出す人。
けれど、暮らしの中には、「残る側」にいる時間があります。
・家族が出払っている家を、変わらず整えておく
・同僚が出張している間、職場を回す
・誰かが帰ってくる場所を、そのままにしておく
居眠りの釈明をさせられるほど、江戸の人々はえびす様に頼っていました。
あなたの留守番も、誰かの暮らしを確かに支えています。
最近、誰かの留守を、黙って守っていませんか。
えびす様に会いに行く
えびす様のお社は、全国にあります。
中でも、事代主神を主祭神として祀る代表的な神社が、島根県の美保神社です。
出雲大社とあわせて参拝すると、「出雲に集まる神様」と「出雲に行かない神様」の両方に触れられます。
留守番のえびす様をねぎらう「えびす講」は、東日本では10月20日や11月20日に行う地域が多く、関西では1月10日の「十日えびす」が有名です。
お近くのえびす社では、案内を確認してみてください。

まとめ
神様が出払っている間、町に残る神様がいる。
その神様は、出雲の神様でありながら、「譲る」と答えて退いた神様でした。
江戸の人々は、その神様を居眠りの絵で責めました。
それは、留守を預かる神様に、それだけ頼っていたからです。
今日、あなたが守っている場所は、どこでしょうか。
その場所に、そっと目を向けてみてください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
日本の神社や神様、キャリアチェンジ、動画編集についての記事を書いています。
よろしければ応援クリックお願いします。
↓


コメント