毎年、秋分の日が近づくと、スーパーの入り口におはぎが並びます。
「そろそろお彼岸ね」
そう呟きながら、実家のお墓のことを思い出す人も多いのではないでしょうか。
お彼岸は仏教の行事です。
それは間違いありません。
けれど、神職として境内に立っていた頃、彼岸の時期になると、参拝者の持ち物が少し変わることに気づいていました。
お守りやおみくじを求める人ではなく、仏花を抱えたまま、ふと境内を通り抜けていく人が増えるのです。
お墓参りの行き帰りに、少しだけ神社にも立ち寄っていく。
仏教の行事のはずなのに、なぜ人々の足はこちらにも向くのか。
今日は、そのことを一緒に考えてみたいと思います。

お彼岸とは何か、あらためて
お彼岸は、春分の日・秋分の日を中日とした前後7日間、合計7日間の期間を指します。
「彼岸」とは、仏教でいう悟りの世界。
私たちが生きているこちら側の世界を「此岸(しがん)」と呼び、向こう岸にある世界を「彼岸」と呼びます。
太陽が真東から昇り真西に沈むこの日は、彼岸と此岸がもっとも近づく日とされてきました。
だからこそ、この時期にご先祖様を想う習慣が根づいたのです。
ここまでは仏教の教えです。
けれど、秋分の日そのものは、仏教が伝わるずっと前から、日本人にとって特別な日でした。

昼と夜が等しくなる日を、日本人はどう見てきたか
秋分の日は、昼と夜の長さがほぼ等しくなる日です。
暦の上でも、この日を境に夜が少しずつ長くなっていきます。
自然のリズムが、はっきりと折り返し地点を教えてくれる日。
農耕を暮らしの中心に置いてきた日本人にとって、これは単なる天文現象ではありませんでした。
夏の力が収まり、実りの季節を迎える節目。
自然に対する感謝と、目に見えないものへの畏れが、もっとも近くなる時期です。
神社では、秋分の頃に合わせて収穫への感謝を捧げる神事が行われる地域も少なくありません。
仏教のお彼岸と、神道の自然への感謝。出どころの違う二つの祈りが、同じ季節に重なっているのです。
そう考えると、「お彼岸は仏教だから神社は関係ない」と分けてしまうのは、少しもったいない気がしています。
神棚と仏壇、両方がある家で見えたもの
神職として各家庭を訪ねる機会が多くありました。
不思議なことに、ほとんどの家に神棚と仏壇の両方がありました。
朝は神棚に手を合わせ、彼岸の時期は仏壇に手を合わせる。
誰かに教えられたわけでもないのに、それを当たり前のこととして続けている家がほとんどでした。

ある年配の女性が、こう話してくれたことがあります。
「神様にはこれからのことをお願いして、ご先祖様には今までのことを報告するの」
これは、教義でも作法書にも載っていない、生活から生まれた知恵だと思いました。
神道と仏教を厳密に切り分けて考える必要はないのかもしれません。
日本人は、両方の手を合わせる場所を、ずっと自然に持ち続けてきたのですから。
お彼岸の過ごし方|4つのステップ
では、具体的にどう過ごせばよいのか。
難しく考える必要はありません。
1. 家の周りを整える
彼岸入りの前に、仏壇まわりや玄関を軽く掃除する。神棚がある家は、この機会に一緒に整えるとよいでしょう。特別なことではなく、「迎える準備」という気持ちだけで十分です。
2. お墓参りをする
生花と、故人が好きだった食べ物などをお供えします。お墓の掃除をしてから、静かに手を合わせる時間をとってください。言葉は要りません。近況を心の中で報告するだけで十分です。
3. おはぎ(ぼたもち)をいただく
春は牡丹にちなんで「ぼたもち」、秋は萩にちなんで「おはぎ」と呼び方が変わります。小豆の赤色には魔除けの意味があるとされ、邪気を払う食べ物として供えられてきました。供えたあと、家族でいただくところまでが、この習慣の完成形です。
4. 秋の空気を感じる時間を持つ
これは作法というより、私からの提案です。夕方、少しだけ外に出て、日が短くなっていくのを感じてみてください。それだけで、季節が動いていることに気づけると思います。

よくある誤解と、知っておきたい例外
「お彼岸に神社へ行ってはいけない」と思っている方に出会うことがあります。
そんな決まりはありません。
お墓参りとは別に、氏神様に季節の挨拶をすることは、何も矛盾しません。
ただし、一つだけ例外があります。
身内に不幸があった直後、いわゆる忌中の期間は、神社への参拝を控えるのが一般的です。
神道では、死や血にまつわることを「穢れ」として捉え、それを神様の前に持ち込まないという考え方が古くからあります。
私が神職として仕えていた神社でも、忌中の方には無理に参拝を勧めることはありませんでした。むしろ、「今は静かに過ごしてください」とお伝えすることの方が多かったように思います。
家によっては、身内が亡くなった際、神棚の前に白い紙を貼る風習も残っています。「神棚封じ」と呼ばれるもので、忌明けまで神様に手を合わせることを一時的に控える、という意味が込められています。
これは、お彼岸そのものを避ける話ではなく、忌中という特別な期間に限った慣習です。
お彼岸のお墓参りと、神社への参拝を同じ日に行うこと自体には、何の問題もありません。
地域や家によって伝えられ方に違いがあるため、正解は一つではないということも、知っておいていただけたらと思います。
祖先を想うことは、これからの自分と向き合うこと
お墓の前に立つと、不思議と自分のことを考える時間になります。
これまでどう生きてきたか。
これから何を大切にしたいか。
秋分の日が一年の折り返し地点であるように、お彼岸もまた、後半に向けて自分を整える節目になります。
かつて盆と神道の関係とはという記事でも触れましたが、日本人が先祖を想う心は、特定の宗教の枠に収まらないものだと感じています。
手を合わせる先が仏壇であっても、神棚であっても構いません。大切なのは、誰かのことを想う、その時間そのものです。
今年の秋分の日、お墓参りのついでに、少しだけ空を見上げてみてください。
昼と夜が等しくなるこの日に、あなたが大切に想う人のことを、静かに思い出す時間になりますように。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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