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書店の片隅で、「ホツマツタヱ」という文字に目を留めたことはありませんか。
古事記でも日本書紀でもない。
けれど、日本の神々や神武天皇のことが、まるで別の視点から語られている一冊。
ページをめくると、見たこともない文字が並んでいる。
渦のような、花のような、それでいてどこか漢字より古く感じられる形。
「これは本物なのか、偽物なのか」
そう問いたくなる気持ちは、よくわかります。
私自身、神職として奉仕していた頃、夜勤明けの社務所の机でこの本を開き、途中で閉じ、また翌朝開く、ということを何日も繰り返した記憶があります。
けれど、今の私はこう思っています。
ホツマツタヱは、「本物か偽物か」で語り切れる文献ではない。
そこには、たとえ後世の創作であったとしても、なお日本人が”手放したくなかった何か”が託されている。
この記事では、ホツマツタヱとはどんな文献なのか、記紀とは何が違うのか、そしてなぜ今も多くの人を惹きつけるのかを、元神職の視点からゆっくり紐解いていきます。
ホツマツタヱとは何か
ホツマツタヱ(秀真伝、あるいは秀真政伝紀)は、江戸時代中期に世に知られるようになった、日本の古伝を伝えるとされる文献です。
全40アヤ(章)から成り、五七調の長歌でつづられています。
内容は、天地の始まりから神々の物語、そして景行天皇の時代までを網羅する、壮大な叙事詩のような構成です。
伝承によれば、成立は記紀よりもはるかに古く、初代神武天皇の頃から代々書き継がれ、最終的に景行天皇の時代に大直根子(オオタタネコ)という人物によって編纂されたとされています。
ただし、これはあくまで文献内部の主張です。
現在私たちが手にできるホツマツタヱの写本は、江戸時代に遡るものが最古とされています。
現存する主な系統としては、和仁估安聡(わにこやすとし)による写本と、小笠原家に伝わる写本があり、戦後の研究の中で少しずつ姿を現してきました。
そして、ここで一人の名前を書き留めておきたいと思います。
松本善之助。
もとは雑誌の編集者だった彼は、昭和四十一年に古書店で偶然一冊のホツマツタヱに出会い、そこから残りの人生をこの文献の解読に捧げました。
たった一人で写本の所在を追い、地方をめぐり、私財を投じて研究を続けた人です。
戦後のホツマツタヱ研究は、この人がいなければ現代に届いていなかった。
真偽の議論よりも先に、まずこの事実は覚えておきたいと感じています。
ヲシテ文字が持つ独自性
ホツマツタヱを語るうえで欠かせないのが、ヲシテ文字です。
これは、漢字が伝わる以前に日本で使われていたとされる、独自の表音文字です。
母音と子音を組み合わせた48音の体系を持ち、それぞれの字形には天地・自然・命の働きが図像的に込められている、と伝えられています。
ヲシテ文字の特徴
- 母音「ア」:円と縦線を組み合わせた形で、天と地をつなぐ柱を表すとされる
- 母音「ウ」:大地の広がりを表す
- 母音「オ」:水の巡りを表す
- 子音:その要素にはたらきかける動きを示す
つまりヲシテ文字は、単なる音の記号ではなく、世界のなりたちを一文字ずつに宿した文字だとされているのです。
ここに惹かれる人は多いと思います。
私も、初めてヲシテ文字の一覧を見たとき、日本の書道や仮名文字のルーツを、別の角度から見せられたような感覚がありました。
「言葉に力が宿る」という言霊の感覚と結びついたとき、ヲシテ文字は単なる古代文字を超えて、”祈りのかたち”として立ち上がる。
ただし、学術的にはこの文字が古代日本で実際に使われていた証拠は乏しく、江戸時代以降に創作された可能性が高いとする見方が主流です。
このあたりは、後ほど改めて触れます。
古事記・日本書紀との4つの違い
では、ホツマツタヱは記紀と具体的にどう違うのでしょうか。
大きくは、次の四点に整理できます。
記紀とホツマツタヱ ― 4つの相違点
- 神々が”より人間的”に描かれる
- 系譜・年代・地名が異常に詳細
- 統治と道徳の書としての性格が強い
- スサノオ・オオクニヌシの描かれ方が異なる
1. 神々が”より人間的”に描かれる
記紀では、神々の行動が象徴的・断片的に描かれる場面が多くあります。
たとえば天照大御神が天岩戸に隠れる場面。古事記では須佐之男命(スサノオ)の乱暴が原因と、比較的簡潔に語られます。
一方ホツマツタヱでは、天照大御神はアマテルカミという男性神として登場します。
記紀の女神アマテラスと同一存在とされながら、性別が異なる。
その周囲には、妻・臣下・地方の統治者が細かく配置され、政治的な統治、家族との関係、日々の悩みまで、ずっと人間的に描かれる。
女神という感覚に慣れた私たちには、最初は違和感があるかもしれません。
2. 系譜・年代・地名が異常に詳細
記紀では省略されがちな神々の系譜や地方の統治者の名前が、ホツマツタヱでは細かく記されます。
「どこの誰が、誰と結婚し、どこを治めた」といった情報が、まるで台帳のように連なる。
地名も現在の地図と照合できるものが多く、この詳細さが「本物なのでは」と感じさせる大きな要因になっています。
3. 統治と道徳の書としての性格が強い
ホツマツタヱには、「まつりごと(政)とはどうあるべきか」「人はどう生きるべきか」を説く場面が多く出てきます。
天照大御神が民に稲作や礼儀、言葉の使い方を教える。
災いの時代に人々の心が乱れ、それを整えるために神々が動く。
記紀が「神話と歴史の記録」だとすれば、ホツマツタヱは「神話と統治哲学の書」という色合いが強い。
4. スサノオやオオクニヌシの描かれ方が異なる
たとえば須佐之男命(スサノオ)。
記紀では暴れ神から英雄へと変貌する挫折と再生の物語ですが、ホツマツタヱでは、彼の乱暴の背景にある家族関係や政治的葛藤がより詳しく描かれます。
大国主命(オオクニヌシ)についても同様で、国造りの過程がより実務的・具体的に語られる傾向があります。
なお、ホツマツタヱの立場に立つ人の中には、「記紀こそがホツマを簡略化して編纂したものだ」と主張する向きもあります。
記紀とホツマ、どちらが先か。これもまた、答えの出ていない議論の一つです。
偽書とされる理由と、それでも残り続ける理由
ホツマツタヱは、学術的には偽書として扱われるのが一般的です。
「偽書」というと強い響きに聞こえますが、これは史料として真正性が認められない書、という中立的な用語で、道徳的な非難を含む言葉ではありません。
とはいえ、偽書と位置づける根拠は複数あります。
偽書とされる主な根拠
- 現存する写本が江戸時代以降のものしかなく、それ以前の実物が発見されていない
- 使われている語彙・文法が江戸期の日本語に近く、ヲシテ文字が他の遺跡・遺物から発見されていない
- 記紀の内容を”補完・拡張”する形になっており、先行する記紀を踏まえた可能性が高い
私自身、この学術的批判を初めて詳しく読んだときには、正直に言えば少し落胆しました。
「本当かもしれない」と半ば期待して読み始めていたからです。
けれど時間が経つほどに、こう思うようになりました。
たとえ江戸時代の誰かの手によるものだったとしても、これほど精緻で一貫した物語を、なぜその時代に編もうと思い立った人がいたのか。
その”なぜ”のほうが、私には大きな謎に見えてきたのです。
なぜ今、ホツマツタヱに惹かれる人が増えているのか
学術的には偽書。
それでも、ホツマツタヱを愛する人は今も増え続けています。
私が接してきた読者や参拝者のなかにも、「記紀よりホツマのほうが腑に落ちる」と語る方が少なくありませんでした。
なぜでしょうか。
一つには、”欠けていた何か”を埋めてくれるように感じられるからだと思います。
古事記や日本書紀を読むと、どうしても飛躍や省略が気になる場面があります。
「なぜここでこの神様が急に登場するのか」「この話とあの話はどうつながるのか」。
ホツマツタヱは、その隙間を丁寧に埋めていく。
記紀を読み込んだ人ほど、この”補完性”に強く惹かれるのです。
もう一つは、神々がずっと身近に感じられるからだと思います。
政治をし、家族に悩み、民のことを想う神々。
その姿は、遠い神話の存在というより、遥か昔に生きた”先祖のかたち”のようにも見えてきます。
そしてこれが、私自身がいちばん揺さぶられた点なのですが、ヲシテ文字が持つ美しさは、どうしても否定できないものがある。
文字そのものに宇宙観が宿るという発想は、多くの人の想像力を刺激します。
これは古史古伝全般に共通する魅力でもあり、ニギハヤヒを伝える先代旧事本紀など、他の文献にも同じ引力が働いています。
史実性と思想性を分けて読むという提案
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。
ホツマツタヱをめぐる議論は、しばしば二つの陣営に分かれます。
「本物だ、記紀より古い真実の書だ」
「偽書だ、江戸時代の創作にすぎない」
けれど、この二択に立たなくてもいい、というのが今の私の答えです。
ホツマツタヱを読むときの二つの視点
- 史実性:歴史学として本当に古代の文献か
- 思想性:そこにどんな世界観・願いが託されているか
この二つは、分けて考えることができる。
歴史学として問えば、現時点でホツマツタヱを古代文献と認めるだけの証拠は不足しています。
一方で、思想性として問えば、ホツマツタヱには紛れもなく「日本人が失いたくなかった感覚」が息づいています。
ホツマツタヱに息づく日本人の感覚
- 神と人の距離が近い世界
- 統治とは民の心を整えることだという理念
- 自然の営みと人の営みを重ねる感覚
- 言葉と文字に宿る力への信頼
これらは、たとえ江戸時代の誰かの想像だったとしても、日本文化の底流にあるものを見事に掬い上げている。
だからこそ、思うのです。
ホツマツタヱは、”歴史”としてではなく、”日本人の願いのかたち”として読むと、いちばん豊かに響く。
これは以前書いた古史古伝についての記事にも通じる姿勢です。
真偽を断じることが目的ではなく、「そこに何が託されたのか」を読む。
元神職として、私はこう受け止めている
現役の神職だった頃、ホツマツタヱの話題を口にすることは、ほとんどありませんでした。
神社本庁も、公的な文献としてホツマツタヱを扱っているわけではありません。
祝詞や神事の背景にあるのは、あくまで記紀と延喜式の世界です。
けれど、袴を脱いで一人の日本人として文献に向き合うようになってから、感じ方は少しずつ変わりました。
ホツマツタヱに書かれた、天照大御神が民に稲を教える場面。
災いの中で人々が心を寄せ合い、暦を整え直していく場面。
そこにあるのは、「神とはこうあらねばならない」という教義ではなく、
「人はどうあれば穏やかに生きられるか」という、生々しい問いなのです。
そしてこの問いは、記紀にも、私が奉仕してきた神社の現場にも、確かに流れているものでした。
だからホツマツタヱを読むとき、私はいつも考える。
この文献を書いた人(あるいは書き継いだ人々)は、失われかけていた何かを、もう一度形にしたかったのではないか。
それが古代からの伝承を復元しようとしたのか、江戸時代の危機感の中で新しく編み直したのか。
そこは分かりません。
けれど、そこに込められた願いだけは、時代を超えて残っている。
それが今の私の立ち位置です。
ホツマツタヱに触れるために
現在、ホツマツタヱは書籍やインターネットを通じて、誰でも触れられるようになっています。
入門におすすめの書籍
| 書籍名 | 特徴 |
|---|---|
| 『ホツマ辞典』(池田満編・展望社) | 用語・神名・地名を引ける実用的な一冊 |
| 『よみがえる日本語』(青木純雄・平岡憲人/明治書院) | ヲシテ文字と日本語の関係を体系的に学べる |
| 『定本ホツマツタヱ』(池田満訳・展望社) | 全40アヤの現代語訳。まず全体像をつかむために |
まず一冊、手に取ってみたい方へ
ホツマツタヱは、書店では見つけにくいことも多い文献です。
オンライン書店なら、上記の入門書を落ち着いて選ぶことができます。
関連が伝えられている神社
ホツマツタヱに登場する神々を祀る神社は、記紀の神々と重なる部分も多く、実際の参拝を通じて感覚をつかんでいくことができます。
| 神社 | 所在地 | 特徴 |
|---|---|---|
| 多賀大社 | 滋賀県犬上郡 | 伊邪那岐・伊邪那美を祀る、ホツマツタヱでも重要な位置を占める古社 |
| 三尾神社 | 滋賀県大津市 | ホツマツタヱとの関わりが語られることのある古社の一つ |
| 伊勢神宮 | 三重県伊勢市 | 天照大御神を祀る、記紀とホツマの両方の視点から訪れられる場所 |
同じ社殿の前に立ったときに感じるものは、どちらの視点を持って行くかで、少しずつ違って見えてきます。
おわりに――”もう一つの日本”を旅するということ
ホツマツタヱを読むことは、記紀を否定することではありません。
むしろ、記紀という一本の川の傍らに、もう一本の川があるかもしれないと想像することです。
その川が本当に古代から流れていたのか、それとも江戸時代に誰かが掘った運河なのか。
今のところ、確かなことは分からない。
けれど、川の水が澄んでいて、覗き込むと自分の顔が映る。
その水が”日本人が大切にしてきた感覚”を映し出しているなら、私はその川辺にしゃがみ込んで、しばらく水を眺めていたい。
歴史として断じる前に、
偽書として片づける前に、
ページを開いて、ヲシテ文字の一つを指でなぞってみてください。
そこに、あなた自身の中の、まだ名前のついていない感覚が、ふっと呼び起こされるかもしれません。
もし今、あなたが記紀とホツマツタヱのどちらか一冊だけを持って伊勢に向かうとしたら、どちらを鞄に入れますか。
その選択そのものが、あなたと日本の物語のあいだに、新しい川筋を一本ひらくことになるのだと思います。
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