小学校の低学年だった頃、秋祭りの前になると、私には宿題がありました。
提灯に貼る絵を描くこと。
そして、その絵を提灯の枠にノリで貼りつけること。
当日までに、ここまで済ませておく決まりでした。
私の実家は神社でした。
祭りの日、境内にはたくさんの提灯が飾られました。
子どもたちが絵を描いた提灯です。
私の描いた提灯も、その中にありました。

絵は覚えていないのに
どんな絵を描いたのか、いまはもう思い出せません。
動物だったのか、神社の風景だったのか、ただの落書きだったのか。
自分の提灯が飾られていたことは覚えているのに、肝心の絵が出てきません。
その代わり、はっきり覚えていることがあります。
私の家族は、いつもこの準備が遅かったのです。
期限に間に合わず、そのたびに、まわりの人たちに迷惑をかけていました。
提灯は、脚立の上で一つずつ

提灯が吊るされるのは、秋祭りの時だけ設置される電球のコードでした。
等間隔に並んだ電球の、高い場所です。
そこに提灯を取りつけるのは、氏子さんたちの仕事でした。
氏子とは、その神社の地域に暮らし、祭りや行事を支える人たちのことです。
脚立を立て、一つずつ、手分けして。
祭りが始まるまでに、すべて終えなくてはいけません。
「またあんたらかー」
遅れて提灯を持っていったとき、総代さんは別の作業をしていたと思います。
総代というのは、氏子の代表として神社の運営を支える役のことです。
建設会社の社長さんだったでしょうか。
記憶は少し曖昧です。
その総代さんが、私たちに気づいて言いました。
「またあんたらかー」
そう言って、豪快に笑ったのです。

姿かたちは思い出せません。
覚えているのは、あの声と、笑い声のほうです。
怒られると思っていました。
だから、あまりに豪快な笑い声に、ほっとしました。
気がつくと、自分も一緒に笑っていました。
総代さんはそのあと、たしか、脚立を持ってきて、私たちの提灯を取りつけてくれたのだと思います。
そして翌年も、私たちは遅れて提灯を持っていきました。
秋祭りは、何に感謝する祭りなのか
秋祭りは、その年に実った稲や作物への感謝を、神様に捧げる祭りとして行われることが多いです。
時期や内容は、地域や神社によってさまざまです。
ただ、「今年も無事に収穫できました」と氏神様に報告し、感謝する日であることは、多くの土地で共通しています。
伊勢神宮では、毎年10月に神嘗祭が行われ、その年に収穫した新穀が神様にお供えされます。
詳しくは神嘗祭とは?伊勢神宮が”お正月”と呼ぶ、一年の祈りが集まる祭りの意味に書きました。
規模はまったく違っても、提灯を貼る子どもも、脚立を運ぶ大人も、同じ感謝の日に集まっていたことになります。
祭りの前日は、いつも気が重かった
のちに私は神職として奉職し、祭りを支える側に立ちました。
祭りの前日は、いつも気が重かったのを覚えています。
しっかりと祭りを進められるか。
準備に落ち度はないか。
参拝者は来てくださるだろうか。
天候はどうだろう。
いろいろと考えて、前の夜は、あまり眠れないことが多くありました。
祭りの日、それぞれが別々の準備をしている
当日の朝は、だいたい寝不足でした。
でも、そんなことを言っている暇はありません。
いつもと同じように、朝の日供と掃除をします。
日供(にっくう)とは、毎朝、神様にお供えをすることです。
そこに、祭りの神饌品の調達。
運営を一緒に行う氏子さんとの、入念な打ち合わせ。
域内の装飾作業。
休む暇は、ありませんでした。
祭りの日、神職には神職の準備があります。
祭りの機器の設置。神饌の準備。祝詞の準備。そして、装束をつける自分自身の支度です。
神職以外の方も、それぞれに持ち場があります。
駐車場を整えてくれる方。授与所で参拝者の対応をしてくれる方。会場の設置や整備を受け持つ氏子さんたち。
誰か一人が欠けるだけで、祭りがうまく回らなくなることもありました。
一生懸命に一緒に作業してくれる方々とは、苦労を分け合うぶん、とても仲良くなることが多いです。
あの日、脚立の上で提灯を吊るしてくれていた氏子さんたちも、その一人ひとりでした。
提灯に灯りがともる瞬間

提灯に灯りがともると、境内は急に華やかになります。
まだ、参拝の人はまばらです。
けれど、屋台の人たちの準備も大詰めを迎えて、いよいよ祭りの賑やかさが始まる。
そんなワクワクした気持ちになったのを、覚えています。
直会の席の、豪快な笑い声
祭典が終わると、直会(なおらい)の時間になります。
直会とは、祭りのあと、お供えした神饌をおろして、みんなでいただく席のことです。
神饌については神饌の記事で詳しく書いています。
その席で、豪快に笑いながら、お互いの労をねぎらい、お酒を飲んでいました。
朝から一緒に動いてくれた人たちと、その日の苦労を笑い合う。
あの笑い声のあとで
私の描いた提灯は、その年も境内に飾られました。
絵は、いまも思い出せません。
でも、怒られると思っていた私に返ってきたのが、笑い声だったことは覚えています。
あなたの町の祭りにも、そんな声はありましたか。
間に合わなかった自分を、笑って迎えてくれた人。
名前は忘れていても、声だけは覚えている誰か。
今年の秋、近くの神社の前を通ったら、提灯を見上げてみてください。
一つずつの提灯の向こう側に、脚立を持ってきて手を伸ばした誰かがいたかもしれません。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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