神社の参道を歩いていると、急に風が吹いて、木々がわさわさと揺れ始める。
そんな瞬間に出会ったことはありませんか。
足が止まって、思わず周りを見回してしまう。
「歓迎されているのかな」と、ふと思う方もいるかもしれません。
「神風」という言葉は、戦いの言葉として生まれたわけではありません。
古くは、ある土地の名にかかる言葉として使われていました。
その土地がどこなのかは、後ほどお話しします。
まずは、私が風のことを考えるようになったきっかけから始めさせてください。

「風が急に吹いてきたら、神様が歓迎してくださっているのよ」
神社を退職してから、私は日本各地の神社を参拝してきました。
名前だけは知っていても足を運んだことのなかった神社。 行き先を調べているうちに、初めて知った神社。 いろいろな神社に、順番に手を合わせてきました。 そのころの気づきは、神社巡りが人生を変える理由にも書いています。
普段は1人で歩くことがほとんどです。 ただ、ある日は何人かで一緒に参拝する機会がありました。
その中のひとりが、こう言ったのです。
「風が急に吹いてきたら、神様が歓迎してくださっているのよ」
神社で風が吹くのは、歓迎のしるし?
正直に言うと、私はこういう話を鵜呑みにする方ではありません。
風が吹くのは、気圧や地形の影響でしょう。
神様が歓迎してくださっているかどうかは、私にはわかりません。
それでも、忘れられない参拝があります。
季節は、暑くも寒くもないちょうどいい頃でした。春だったでしょうか。
天気はよく、けれど風がまったくない日でした。
参道を歩いている間のことは、あまり印象に残っていません。
無音の白黒映画の中にいるような感覚でした。
ところが、御神前の近くまで来たとたん、高い木々が急にわさわさと揺れ始めたのです。
そのあと、肌に風を感じて、「あ、風が吹いてきたんだ」と思いました。
そこから、景色に彩りが出てきたようでした。
色のなかった映画に、急に色がついたような感覚です。
あの参拝は、今でも強烈に覚えています。
だから、境内で風が吹いて木々がざわめくと、あの人の言葉を思い出します。 歓迎かどうかは、やはりわかりません。 ただ、不思議な気持ちになることだけは、確かなのです。
神職だった頃、私は風に気づいていなかった
振り返ってみると、神職時代の私は、風に意識を向けることがほとんどありませんでした。
祭典の最中は、滞りなく進めることに集中しています。 日々の勤務でも、神社で働くことが、そのまま私の日常でした。
風も吹けば、嵐も来ます。 晴れる日もあれば、雪の日もあります。 どれも毎日のことで、特別なものだと感じにくくなっていました。
あの日の風に気づけたのは、参拝者として歩いていたからなのかもしれません。
「神風」は、古くから伊勢にかかる言葉だった
ここで、冒頭の問いに戻ります。
「神風」という言葉は、古くから「伊勢」にかかる言葉として使われてきました。
『日本書紀』の垂仁天皇の巻には、天照大神が鎮まる場所を探していた倭姫命に、神様の言葉が告げられる場面があります。
「神風の伊勢の国は、常世の波が幾重にも寄せる国である」という意味の言葉に続けて、天照大神は、この国にいたいと望まれたと記されています。

和歌でも「神風の伊勢」と詠まれ、「神風」は伊勢の枕詞として定着していきました。
のちの時代には、元寇のときの暴風雨が「神風」と呼ばれるようになり、「国を守る風」という意味にも広がっていきます。
けれど、もとをたどると、伊勢という土地は、海から吹き寄せる風とともに語られていました。 私には、そう読めます。
風日祈宮と風宮で、私がお伝えしてきたこと
伊勢神宮には、風の神様をお祀りする別宮があります。
- 内宮:風日祈宮(かざひのみのみや)
- 外宮:風宮(かぜのみや)
- 風日祈祭:毎年5月14日と8月4日
風日祈祭は、 稲が風雨で傷まないようにと祈る祭りです。 稲の実りへの祈りは、神嘗祭の記事にもつながっています。

伊勢神宮をご案内するとき、私はこの二つの宮についてもお伝えしていました。 ただ、「雨風を司る神様がお祀りされています」と話しても、多くの方はあまり意識を向けてくださいません。 無理もないことだと思います。
けれど、こう続けると、反応が変わります。
「風といえば、
私たちが生きるために毎日している呼吸も、
風の神様のお恵みなんです。
深呼吸をすると、
不思議と意識が整ってきますよね」
すると、「たしかに」と納得してくださる方が、結構いらっしゃる印象があります。
風の神様は、息から生まれた
呼吸と風のつながりは、神話の中にも見つかります。
『日本書紀』の一書には、伊奘諾尊(イザナギ)が吹き払った息が神となり、風の神様になったと記されています。 級長津彦命と級長戸辺命です。風日祈宮と風宮にお祀りされている神様でもあります。
息と風が近いものとして語られていたことが、うかがえます。
イザナギの神話の全体像は、神産み神話の記事でご覧いただけます。
風は、心にたまったものも動かしてくれる
風と神道には、もう一つのつながりがあります。祓いです。
大祓詞には、「科戸の風が天の八重雲を吹き放つように」という一節があります。 罪や穢れを、風が吹き払ってくれる。昔の人は、そのように風を思い描いていました。
- 祓いの考え方:穢れと祓いとは
- 窓を開けて風を通した朝のこと:朝、窓を開けて風を通すだけで、それはもう禊だった
- 雨音に祓いを感じた日のこと:秋雨の日の神社
風が吹いたら、少しだけ立ち止まってみる
あの日、御神前で吹いた風が、神様の歓迎だったのかどうか。 私は今も、わかりません。
ただ、色のなかった参道のあとに、風とともに景色が色づいていった感覚は、今も残っています。 境内で風が吹いて木々がざわめくたびに、私は足を止めて、ひとつ深呼吸をします。

もし、参拝の途中で急に風が吹いたら、ほんの数秒だけ、立ち止まってみてください。 木々の揺れる音に耳を向けて、ゆっくり息を吸ってみる。
そのとき、あなたの胸には、どんな気持ちが浮かびますか。
次に伊勢神宮を訪れるときは、風日祈宮と風宮の前でも、深呼吸をしてみたいと思っています。 別宮の場所は、伊勢神宮の参拝完全ガイドにまとめています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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